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      <title>縁側</title>
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      <description>座って、惚けて、思う事</description>
      <language>ja</language>
      <copyright>Copyright 2007</copyright>
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         <title>新たに知るつもりで</title>
         <description><![CDATA[<a href="http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%B8%9B%E5%8F%8D%E6%94%BF%E7%AD%96">減反</a>ってどういう制度だったの？
いつもの色々な声が聞こえてくるけれど、その向こうにある事柄をイメージしつつ。]]></description>
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                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">惚けて思う</category>
        
        
         <pubDate>Fri, 11 May 2007 00:09:44 +0900</pubDate>
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         <title>タイマグラ通信　—映画「タイマグラばあちゃん」制作ノート—</title>
         <description>編著：澄川 嘉彦（「タイマグラばあちゃん」の監督）、出版社：ハヤチネ叢書

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                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">気になる本たち</category>
        
        
         <pubDate>Sun, 21 Jan 2007 23:40:10 +0900</pubDate>
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         <title>おばあさんの植物図鑑</title>
         <description>文：斉藤政美、語り：椎葉クニ子、出版社：葦書房

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         <pubDate>Sun, 21 Jan 2007 23:38:23 +0900</pubDate>
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         <title>複雑な世界、単純な法則</title>
         <description>著者：Mark Buchanan、訳：阪本 芳久、出版社：草思社

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         <pubDate>Sun, 21 Jan 2007 23:34:21 +0900</pubDate>
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         <title>東京R不動産</title>
         <description>著者：東京R不動産　real tokyo estate、発行：アスペクト

（※　何故か、北区道場町の物件が載ってます）

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         <pubDate>Sun, 21 Jan 2007 23:32:11 +0900</pubDate>
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         <title>身近な草や木の葉でできる　作ろう草玩具</title>
         <description>著者：佐藤邦昭、出版社：築地書館

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         <pubDate>Sun, 21 Jan 2007 23:28:35 +0900</pubDate>
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         <title>BE-PAL　2007年2月号</title>
         <description>特集：生活道具＆遊び道具　手作り大全　　−デジタル時代は、アナログ遊びが暖かい−
出版社：小学館、雑誌

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         <pubDate>Sun, 21 Jan 2007 23:26:40 +0900</pubDate>
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         <title>「家族」と「幸福」の戦後史　　郊外の夢と現実</title>
         <description>著者：三浦展、出版社：講談社、版型：新書

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         <pubDate>Sun, 21 Jan 2007 23:23:26 +0900</pubDate>
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         <title>脱ファスト風土宣言　　商店街を救え！</title>
         <description>著者：三浦展、出版社：洋泉社、版型：新書

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         <pubDate>Sun, 21 Jan 2007 23:22:17 +0900</pubDate>
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         <title>索引と経験</title>
         <description>　僕達の暮らす今のこの社会は、あらゆる知が体系化されつつあるらしい。インターネットの普及と、そこで提供されているGoogleに代表される検索サービスの充実によって、ますます拍車がかかっていると言ってもいい。検索と言えば、どんな操作を思い浮かべるだろう。キーワードとなる言葉やその組合せを、データベースの該当欄に打ち込み、側のボタンをクリックする。すると、候補がズラリと並ぶ。その中でこれはと思うものを更にクリックすると、お目当ての情報にたどり着く。うまく行けば、こんな流れだろうか。キーワードで情報を探すという行為は、今までにもあったけれど、インターネットがインフラ化しつつある今、とても身近で敷居が低い行為になってきた。
　検索に用いられるのは、名前や語句等の簡単なコトバが多いだろう。ある物事について調べるために、関係する（と思う）コトバを使って検索にかけ、その結果得た情報を知識として獲得する。コトバにより探し出される情報。コトバがナマエだったら、図鑑が思い浮かぶかもしれない。図鑑の中で「検索」というと、索引（インデックス）に当たるというのが常だった。索引（インデックス）には、書物中のコトバや語句などがズラリと並んでいて、どこにそれが書かれているかたどれるようになっている。図鑑であれば、収録された生物等の名前が並んでいたりする。インターネット上にも便利な図鑑サイトがいくつもあって、ちょっと知りたいことがある時など、手軽に使える。名前によって探し出される生き物の情報。
　ここまで書いて、名前によって世界を理解するというフレーズが浮かんだ。インデックスにより検索される世界。しかしどうだ。物事を理解する際に、付与された名前から世界を構築することは、ある意味不幸な気がする。名づけられる以前の、その物事の特性が、付与された名前というコトバに隠されてしまうようで、実際に、名前を知って解った気になることも多々ある。自分に子どもができて、彼にどのように世界を伝えていくか、世界を知る術を身に着けるためのきっかけを、どうやって作るか、そんなことを考えるようになった。時間軸の流れの中で、僕達よりも後に生まれ、この世界を生きていく子ども達にとって、世界は既に名付けられたモノばかりだ。僕達も既にそんな世界に生まれ、これまで生きてきた。名付けられた世界で生きていく上で、インデックスを使って効率良く世界観を構築していくというスタイルの生き方を身につけることは、子ども達にとって、もっとずっと後からで良いのではないだろうか。それよりも、目の前に出くわした、彼（等）にとってまだ未知のモノたちに対して、真摯に向き合い、その未知が故の不思議さや不快感や尽きない関心をこそ大切？？抱えて、そのモノと、ひいては世界と関わりを築いて欲しい。先人達によって名付けられたモノたちは、それ故に編集可能な世界となって、後からこの世を生きる僕達を未知の不安から解放して、合理的な安住の地を用意してくれた。その先に、ネットの検索サービスが目指すものがあるとしたら、そこに無いモノは、未知のモノの存在と、それらとの関わり方の作法だろう。子ども達は、（社会生活が営めるように程度という意味で）少なくとも僕達くらいまでには、未知の存在を知り、それを解釈するというプロセスを必ず踏まなければならない。けれどもそのプロセスで彼らは、未知の大海に居る不安を覚えるというより、見つけることの悦びの中に在るのではないだろうか。だとすれば、僕達は、子ども達との接し方を見直さなければならないのではないだろうか。
　これまでに観察会や生き物説明と称してたくさんの子ども達と接する機会を持ってきた。もちろん具体的なイベントとして成立させるには、時間や場所、内容や人員など、様々な制約がある。条件に合わせて、その時々の成り立ちで、子ども達と向き合うわけだが、図鑑や辞典を使ったような説明は、一つのスタイルに過ぎないという認識に立ち、それ以前に求められる基本的なスタンスとして、次のような姿勢が必要ではないかと思う。つまり、子ども達が自ら見つけ、感じた喜びを大切にして、その時、対象との間に築いた関係を自らしっかりと見つめる姿勢を育むことではないかと思うのだ。捕まえた生き物の、種として一般化された属性の解説を通じて、今そこで手にしている生き物達を理解するというよりも、正にその個体をじっくりと観察して、甲羅や皮膚の模様が、隣の子どもが捕まえたのとはどう違うかとか、鳴き声にどんな特徴や癖があるかとか、捕まえた時にどんな匂いがしたかとか、どんな風にして食べると美味しいとか、そういった“関係”を築くことではないだろうか。あるいは、外来種や在来種についての話をする前に、ブルーギルも、ミシシッピーアカミ？？ガメも、ブラックバスも、アメリカザリガニも、カダヤシも、ウスバキトンボも、カワウも、名前で奴らを知るのではなく、目の間に対峙した時に、自ら彼らに感じたことを通じて、どんな関係が出来上がったかに想いを巡らせることが大切だと思う。在来種を守る為に外来種を駆除する必要がある云々というような社会的価値観は、後からでも良いのではないかと思う。まず対峙した“生き物”の全体性に接して、生命として関係を築くことができ、その喜びを覚える、そしてこうした術を身に着ける機会を、きちんと作る必要が、今とても必要になっている気がする。
　ため池に関する聞き取り調査では、およそ40年前の豊かな暮らしが、話をしてくれた人たちの言葉を通じて見えてきた。彼らが子どもの頃のため池をはじめとする身近な場所での遊びは、まさにインデックス化された世界に個別に対峙するのではなく、生身で自然の全体性と対峙していたことを知った。学校が終わるとたちまち集まってランドセルを放り投げ飛び込んだため池があり、そこで泳ぎを学び、様々な魚やエビ、水草を知ったという。周囲では季節の動植物の洗礼を受け、自然に応じた危険や甘美のサインを学び、生き物を捕まえるとやがて死んでしまうことや、捕まえて食べることを通じて生命や物質の循環を、当時の彼らは、言葉以前に身体で覚えていった。身近な環境での遊びや暮らしは、体験的に生きた形で学ぶことと同義であったと、彼らは教えてくれた。インデックスで知識を獲得していく以前に、全体性を持った体験を通じて知を得ること、そしてそれが必要かつ有効な時期というのは、僕達人間の場合、子どもの時なのではないだろうか。
　物事の意味や価値は、時代やその時置かれた状況によって、大きく変わってくる。今、外来種問題は、環境問題の中でも重要な位置を占めることは疑いがないだろう。しかしこの問題で言えば、子ども達に向けて、駆除する必要を説く際には、駆除することの意味と駆除しないことにより（将来）起こるだろうことの説明や、駆除すること以外の（駆除しないことを含めた）方法で、目指すのと同じ結果を導くことができないかどうかを、子ども達自身が考える“芽”も残しておくことに配慮すべきだと思う。また長くなっちゃった。

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                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">惚けて思う</category>
        
        
         <pubDate>Fri, 19 Jan 2007 10:33:28 +0900</pubDate>
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         <title>エコシフト</title>
         <description>チャーミングに世界を変える方法
マエキタミヤコ著
講談社現代新書 1868</description>
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         <pubDate>Tue, 09 Jan 2007 01:46:11 +0900</pubDate>
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         <title>新年のごあいさつ</title>
         <description>明けまして、おめでとうございます。
今年は、”今””ここ”から、観て、考えて、やってみたいと思います。どうぞよろしくお願いします。（コメントなど書き込んでいただければ、うれしさ倍増です！）</description>
         <link>http://www.nouto.net/kobe/engawa/2007/01/post_23.html</link>
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         <pubDate>Mon, 01 Jan 2007 14:04:37 +0900</pubDate>
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         <title>共有とか共生とか</title>
         <description><![CDATA[掘り下げて考えていくうちに、”コモンズ”の概念に出くわした。ところで茂木さんが、<a href="http://kenmogi.cocolog-nifty.com/qualia/2005/08/post_4ba3.html" target="_blank">こう</a>言っている。ここで言う、”偶有性の空間”の（地域）社会的な担保も、”コモンズ”が一翼を担っていたんじゃないだろうか、と思った。
　村の中にきれいに改修された川。今度は、そこに容易に近づけないと嘆く人達。消防団ですら、護岸が切り立って深く、ポンプが使えないと危惧する。そんな話を、当の村づくりの場で聞いたことがある。改修された川は、隣接する農地や樹林との間や、時には畑に、ある時は草の茂る広場にと、姿を変える河川敷にすら厳格な境界が定められ、平面も断面も直線で構成される空間へと様変わりしてしまっていた。この厳格さと直線というのが、偶有性の対極にあるんだろうなあ。
　今年9月頃から関わっている、上津橋。ここも厳格な境界を引いて、直線で構成された水路や田んぼが広がろうとしているけれど、”環境配慮”の名の下に、三角地やワンド、魚槽ブロック、水路底面の残存、側壁のブラスター仕上げ？など等、生物の生息環境という視点から、”偶有性”を部分的に温存することになっている。功を奏するか、見守りたい。]]></description>
         <link>http://www.nouto.net/kobe/engawa/2006/12/post_20.html</link>
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                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">惚けて思う</category>
        
        
         <pubDate>Thu, 21 Dec 2006 12:28:55 +0900</pubDate>
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         <title>昔の姿をたどるヒント</title>
         <description><![CDATA[　考古学という分野があるけれど、過去の物証を見つけて、そこから緻密に情報を積み上げ、かつての人の営みをあぶり出して行くというイメージがある。その物証の一つに、土地に刻まれたもの〜地形〜があると思う。地図や航空写真を前にすると、時間の経つのを忘れて見入ってしまうことがある。物語を読んでいる感じに近いかもしれない。地図では線や色や記号に抽象化されてしまっているので、一層想像力を動員しなければいけないけれど、航空写真はそのものが写っているのと、撮影された時（季節や一日のいつ頃か等）もわかるのでリアルだ。今、インターネットで世界中の航空写真と地図を眺めることが出来る。例えば、<a title="Google Earth, Satellite Maps Boost Armchair Archaeology" href="http://news.nationalgeographic.com/news/2006/11/061107-archaeology.html">Google Earth, Satellite Maps Boost Armchair Archaeology</a>なんて記事があった。なるほど、Armchair Archaeology　か。パソコンのモニター越しに、世界中を考古学の旅をするのも面白いなあ。
　そういえば、今関わっている、神戸の上津橋も、上空から見ると、条里制の跡が田んぼの区画割りに残っていた。”いた”と過去形なのは、基盤整備で新しい区画に整地されるから。事業の良否を問うつもりはないことを、あらかじめ断った上で、先述したことに関連づけると、その土地に繰り広げられて来た人の営みをたどる上で、そのヒントや契機になる物証を、この土地は一つ失うことになるんだなと思った。過去をたどると、農作業の大変さが浮かび上がってくるのかもしれないけれど、経済原理で計られて意思決定されることに、ちょびっと寂しさを感じたりした。すっかり整備された後、Armchair Archaeology　で古の風景へ旅立つことは難しくなるんだろうなあ。
　そういえば、県の考古博物館準備室におられる方とお話をしていた時、こんなことをおっしゃったのがとても印象的だったのを思い出した。
「考古学は、過去を探るだけではなくて、過去を探って未来を考える学問なんです。」
なるほどと目から鱗だった。まさに温故知新。郷愁こそがそこに向わせる動機だろうと高をくくっていた自分を恥じたのを覚えている。

]]></description>
         <link>http://www.nouto.net/kobe/engawa/2006/12/post_18.html</link>
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         <pubDate>Fri, 08 Dec 2006 12:37:11 +0900</pubDate>
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         <title>かなり使えるOpen Office</title>
         <description><![CDATA[ Microsoft Officeを使っている人は多いと思います。中でも、WordとExcelは定番中の定番。仕事でファイルをやり取りすることは日常茶飯事でしょう。ちょっと困るのが、この定番を持っていない人とのやりとり。持っている人は当然ということで躊躇なくスルリと送ったりしますが、持っていない人には当たり前じゃないから、さあ大変。最近は、事務書類ではPDFが利用されるようになって、利用者のPCの環境に左右されずに同じ書類を閲覧することができるようになりましたが、PDFだと普通は閲覧だけしかできません。複数の人が更に手を加える場合や、案を送って、受け取った人が完成させる作業なんかは、全員が同じソフトを持っていることが条件になりますね。でも、このOfficeもタダじゃないのがミソ。仕事なんだからそれくらい買っとけよ、というのは持てる人の言い草です。長いものには巻かれろとか、朱に交わったら赤くなれってのに抵抗を覚える人に朗報のソフト（群）を紹介します。もちろん、MS Officeを使っている人にも、更に便利という点でオススメです。
　<a href="http://ja.openoffice.org/" target="_blank">OpenOffice</a>は、MS Officeと互換性のあるフリーウェアで、Officeファミリーの各ソフトに対応しています。Officeは、上記の基本２ソフト以外に、プレゼンならPowerPoint、データベースはAccessと、それぞれが必要ならお金で買うことになります。でもこのOpenOfficeは、Writer、Calc、Impress、Drawなど、ビジネスでも趣味でも、作業に必要なソフトは入っています。この他にも、データベース（Base）、数式エディタ（Math）等もあります。便利なことはもっとあって、例えばWriterでは、Word形式のファイルを開いて、保存できますし、PDFに書き出すことも簡単に出来ます。これはとても便利で、今まで仕事でも多用してきました。Calcは、Excelと通常の使い方ではほぼ完全に互換していますので、あまり違いを気にすることがありません。僕が便利だと感じたもうひとつは、プレゼンソフトのImpress。書き出しにFrashムービー形式が選択できるので、Webでそのまま配信できますし、ほとんどの人とファイルを共有できます。OpenOffceは、オープンソースの考え方で作られてきているので、使っている人のPC環境に左右されないことと、資産の共有という意識が各所に感じられます。ブラウザを持っていれば、ファイルの中身を見る事ができる。この考え方もそのひとつでしょう。
　インストールには、途中ちょっとだけ注意が必要ですが、あまり難しい作業はありません。ただ、100MB近いファイルをダウンロードすることになりますので、お使いの回線がブロードバンドでない方は知り合いからCDでもらうのが妥当でしょう。下記のサイトは本家ですから、日本語サイトは<a href="http://ja.openoffice.org/" target="_blank">コチラ</a>をどうぞ。
<a href="http://www.openoffice.org" target="_blank"><img src="http://marketing.openoffice.org/art/galleries/marketing/web_buttons/nicu/110x32_3_get.png" border="0" alt=" Use OpenOffice.org" title="Use OpenOffice.org"></a>]]></description>
         <link>http://www.nouto.net/kobe/engawa/2006/12/open_office.html</link>
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                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">お知らせ</category>
        
        
         <pubDate>Sun, 03 Dec 2006 11:12:09 +0900</pubDate>
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