新たに知るつもりで
減反ってどういう制度だったの?
いつもの色々な声が聞こえてくるけれど、その向こうにある事柄をイメージしつつ。
減反ってどういう制度だったの?
いつもの色々な声が聞こえてくるけれど、その向こうにある事柄をイメージしつつ。
僕達の暮らす今のこの社会は、あらゆる知が体系化されつつあるらしい。インターネットの普及と、そこで提供されているGoogleに代表される検索サービスの充実によって、ますます拍車がかかっていると言ってもいい。検索と言えば、どんな操作を思い浮かべるだろう。キーワードとなる言葉やその組合せを、データベースの該当欄に打ち込み、側のボタンをクリックする。すると、候補がズラリと並ぶ。その中でこれはと思うものを更にクリックすると、お目当ての情報にたどり着く。うまく行けば、こんな流れだろうか。キーワードで情報を探すという行為は、今までにもあったけれど、インターネットがインフラ化しつつある今、とても身近で敷居が低い行為になってきた。
検索に用いられるのは、名前や語句等の簡単なコトバが多いだろう。ある物事について調べるために、関係する(と思う)コトバを使って検索にかけ、その結果得た情報を知識として獲得する。コトバにより探し出される情報。コトバがナマエだったら、図鑑が思い浮かぶかもしれない。図鑑の中で「検索」というと、索引(インデックス)に当たるというのが常だった。索引(インデックス)には、書物中のコトバや語句などがズラリと並んでいて、どこにそれが書かれているかたどれるようになっている。図鑑であれば、収録された生物等の名前が並んでいたりする。インターネット上にも便利な図鑑サイトがいくつもあって、ちょっと知りたいことがある時など、手軽に使える。名前によって探し出される生き物の情報。
ここまで書いて、名前によって世界を理解するというフレーズが浮かんだ。インデックスにより検索される世界。しかしどうだ。物事を理解する際に、付与された名前から世界を構築することは、ある意味不幸な気がする。名づけられる以前の、その物事の特性が、付与された名前というコトバに隠されてしまうようで、実際に、名前を知って解った気になることも多々ある。自分に子どもができて、彼にどのように世界を伝えていくか、世界を知る術を身に着けるためのきっかけを、どうやって作るか、そんなことを考えるようになった。時間軸の流れの中で、僕達よりも後に生まれ、この世界を生きていく子ども達にとって、世界は既に名付けられたモノばかりだ。僕達も既にそんな世界に生まれ、これまで生きてきた。名付けられた世界で生きていく上で、インデックスを使って効率良く世界観を構築していくというスタイルの生き方を身につけることは、子ども達にとって、もっとずっと後からで良いのではないだろうか。それよりも、目の前に出くわした、彼(等)にとってまだ未知のモノたちに対して、真摯に向き合い、その未知が故の不思議さや不快感や尽きない関心をこそ大切??抱えて、そのモノと、ひいては世界と関わりを築いて欲しい。先人達によって名付けられたモノたちは、それ故に編集可能な世界となって、後からこの世を生きる僕達を未知の不安から解放して、合理的な安住の地を用意してくれた。その先に、ネットの検索サービスが目指すものがあるとしたら、そこに無いモノは、未知のモノの存在と、それらとの関わり方の作法だろう。子ども達は、(社会生活が営めるように程度という意味で)少なくとも僕達くらいまでには、未知の存在を知り、それを解釈するというプロセスを必ず踏まなければならない。けれどもそのプロセスで彼らは、未知の大海に居る不安を覚えるというより、見つけることの悦びの中に在るのではないだろうか。だとすれば、僕達は、子ども達との接し方を見直さなければならないのではないだろうか。
これまでに観察会や生き物説明と称してたくさんの子ども達と接する機会を持ってきた。もちろん具体的なイベントとして成立させるには、時間や場所、内容や人員など、様々な制約がある。条件に合わせて、その時々の成り立ちで、子ども達と向き合うわけだが、図鑑や辞典を使ったような説明は、一つのスタイルに過ぎないという認識に立ち、それ以前に求められる基本的なスタンスとして、次のような姿勢が必要ではないかと思う。つまり、子ども達が自ら見つけ、感じた喜びを大切にして、その時、対象との間に築いた関係を自らしっかりと見つめる姿勢を育むことではないかと思うのだ。捕まえた生き物の、種として一般化された属性の解説を通じて、今そこで手にしている生き物達を理解するというよりも、正にその個体をじっくりと観察して、甲羅や皮膚の模様が、隣の子どもが捕まえたのとはどう違うかとか、鳴き声にどんな特徴や癖があるかとか、捕まえた時にどんな匂いがしたかとか、どんな風にして食べると美味しいとか、そういった“関係”を築くことではないだろうか。あるいは、外来種や在来種についての話をする前に、ブルーギルも、ミシシッピーアカミ??ガメも、ブラックバスも、アメリカザリガニも、カダヤシも、ウスバキトンボも、カワウも、名前で奴らを知るのではなく、目の間に対峙した時に、自ら彼らに感じたことを通じて、どんな関係が出来上がったかに想いを巡らせることが大切だと思う。在来種を守る為に外来種を駆除する必要がある云々というような社会的価値観は、後からでも良いのではないかと思う。まず対峙した“生き物”の全体性に接して、生命として関係を築くことができ、その喜びを覚える、そしてこうした術を身に着ける機会を、きちんと作る必要が、今とても必要になっている気がする。
ため池に関する聞き取り調査では、およそ40年前の豊かな暮らしが、話をしてくれた人たちの言葉を通じて見えてきた。彼らが子どもの頃のため池をはじめとする身近な場所での遊びは、まさにインデックス化された世界に個別に対峙するのではなく、生身で自然の全体性と対峙していたことを知った。学校が終わるとたちまち集まってランドセルを放り投げ飛び込んだため池があり、そこで泳ぎを学び、様々な魚やエビ、水草を知ったという。周囲では季節の動植物の洗礼を受け、自然に応じた危険や甘美のサインを学び、生き物を捕まえるとやがて死んでしまうことや、捕まえて食べることを通じて生命や物質の循環を、当時の彼らは、言葉以前に身体で覚えていった。身近な環境での遊びや暮らしは、体験的に生きた形で学ぶことと同義であったと、彼らは教えてくれた。インデックスで知識を獲得していく以前に、全体性を持った体験を通じて知を得ること、そしてそれが必要かつ有効な時期というのは、僕達人間の場合、子どもの時なのではないだろうか。
物事の意味や価値は、時代やその時置かれた状況によって、大きく変わってくる。今、外来種問題は、環境問題の中でも重要な位置を占めることは疑いがないだろう。しかしこの問題で言えば、子ども達に向けて、駆除する必要を説く際には、駆除することの意味と駆除しないことにより(将来)起こるだろうことの説明や、駆除すること以外の(駆除しないことを含めた)方法で、目指すのと同じ結果を導くことができないかどうかを、子ども達自身が考える“芽”も残しておくことに配慮すべきだと思う。また長くなっちゃった。
明けまして、おめでとうございます。
今年は、”今””ここ”から、観て、考えて、やってみたいと思います。どうぞよろしくお願いします。(コメントなど書き込んでいただければ、うれしさ倍増です!)
掘り下げて考えていくうちに、”コモンズ”の概念に出くわした。ところで茂木さんが、こう言っている。ここで言う、”偶有性の空間”の(地域)社会的な担保も、”コモンズ”が一翼を担っていたんじゃないだろうか、と思った。
村の中にきれいに改修された川。今度は、そこに容易に近づけないと嘆く人達。消防団ですら、護岸が切り立って深く、ポンプが使えないと危惧する。そんな話を、当の村づくりの場で聞いたことがある。改修された川は、隣接する農地や樹林との間や、時には畑に、ある時は草の茂る広場にと、姿を変える河川敷にすら厳格な境界が定められ、平面も断面も直線で構成される空間へと様変わりしてしまっていた。この厳格さと直線というのが、偶有性の対極にあるんだろうなあ。
今年9月頃から関わっている、上津橋。ここも厳格な境界を引いて、直線で構成された水路や田んぼが広がろうとしているけれど、”環境配慮”の名の下に、三角地やワンド、魚槽ブロック、水路底面の残存、側壁のブラスター仕上げ?など等、生物の生息環境という視点から、”偶有性”を部分的に温存することになっている。功を奏するか、見守りたい。
考古学という分野があるけれど、過去の物証を見つけて、そこから緻密に情報を積み上げ、かつての人の営みをあぶり出して行くというイメージがある。その物証の一つに、土地に刻まれたもの〜地形〜があると思う。地図や航空写真を前にすると、時間の経つのを忘れて見入ってしまうことがある。物語を読んでいる感じに近いかもしれない。地図では線や色や記号に抽象化されてしまっているので、一層想像力を動員しなければいけないけれど、航空写真はそのものが写っているのと、撮影された時(季節や一日のいつ頃か等)もわかるのでリアルだ。今、インターネットで世界中の航空写真と地図を眺めることが出来る。例えば、Google Earth, Satellite Maps Boost Armchair Archaeologyなんて記事があった。なるほど、Armchair Archaeology か。パソコンのモニター越しに、世界中を考古学の旅をするのも面白いなあ。
そういえば、今関わっている、神戸の上津橋も、上空から見ると、条里制の跡が田んぼの区画割りに残っていた。”いた”と過去形なのは、基盤整備で新しい区画に整地されるから。事業の良否を問うつもりはないことを、あらかじめ断った上で、先述したことに関連づけると、その土地に繰り広げられて来た人の営みをたどる上で、そのヒントや契機になる物証を、この土地は一つ失うことになるんだなと思った。過去をたどると、農作業の大変さが浮かび上がってくるのかもしれないけれど、経済原理で計られて意思決定されることに、ちょびっと寂しさを感じたりした。すっかり整備された後、Armchair Archaeology で古の風景へ旅立つことは難しくなるんだろうなあ。
そういえば、県の考古博物館準備室におられる方とお話をしていた時、こんなことをおっしゃったのがとても印象的だったのを思い出した。
「考古学は、過去を探るだけではなくて、過去を探って未来を考える学問なんです。」
なるほどと目から鱗だった。まさに温故知新。郷愁こそがそこに向わせる動機だろうと高をくくっていた自分を恥じたのを覚えている。
11月25日、JUDI関西主催のフォーラム「デザインの力」へ出かけた。お目当ては、あの越後妻有アートトリエンナーレのディレクター、北川フラム氏の基調講演。氏の話は、力があった。時を垂直に、社会を水平につなぐためにはメディエイターの力が必要だという氏の言葉には、妻有の取組みを紹介されるにつけ、重みを増して受け止められた。また、広義のアートに深く関わり続け、同時にある部分では牽引し続けて来た氏が、「(※東京の)日本橋ですら、それほど遠くない過去に、野菜が運ばれ、下肥を積み出していた。そういう里山文化が、(日本の都市にもあった。それが)失われて良いのか?」と問うたのには、目から鱗だった。無意識に氏を”アート”の枠のみでとらえていたことに気づいて、実はその根の深さと張りに驚きもした。妻有は、単なる平坦なイベントではなかったらしい。それでも既に3回、6年を経ていることは、即ち開催地の200の集落にも、そこを舞台にアート作品を手がけるアーティスト達にも、確固とした手応えと、この日のお題の通り「力」を与えているのだと思う。次は3年後。今年で向けなかった事が、つくづく悔やまれた。
午後は、3つある中の「デザインのレイヤー・時間軸」がテーマの分科会に参加した。照明デザイン、建築、都市計画、ランドスケープデザイン、マテリアルメーカー、グラフィックデザイン、色彩デザイン等の専門家がパネラーとなり、テーマに迫る。途中、「デザイナーと大衆」なんて話題になり、まだこんなことが話題に上るのかと呆れかけたけれど、「デザインは(デザイナーにとって)意思」という言葉に、共有された方向性らしきものは理解できた。レイヤーを、多様な専門家によるコラボレーションととらえたり、時間の積層と共に重ねられるデザイン行為とみたり、どの話題にも興味があったが、この日の時間の中では収れんしそうにはなかった。でも、デザインは意思だけれど、評価は誰がするのか。そして、その評価の積層は、デザインされたとする”その”モノに対して、どのように働くのか。暗黙の内に景観的なものを議論の題材にしていたけれど、それならば尚更、狭義のデザイナーだけがそれを成したわけじゃないと思うのだけれど。デザインは”する”ものではなくて、”なる”ものかもしれない。だから”デザインの力”は、束ねられてこそ発揮されるんじゃないだろうか。
集落崩壊。社会的に成立しなくなる状況が、報道されるほど近づいて来たということか。65歳以上の高齢者が人口の50%以上を占める集落を「限界集落」と言うらしい。実際、この危機に現実的に直面している集落の棚田で、僕の家族は米づくりを続けさせてもらっている。実際に言葉の定義通りなのかは確かめたことはないし、はっきりとこの言葉を語られたことはないけれど、自分の生まれ暮らして来た村がなくなることへの危機感は何度も言葉で聞いた。兵庫県内でも豪雪地帯のその村は、地名辞典にも古くからの記載がある。それだけ歴史を積層した村だけれど、存亡の危機がジリジリと迫っていると思うと、見え方も少し違って来る。こうした村を生き続けさせたいと願う気持ちは、そこに暮らす人にとってどういう形となっているだろう。吉野ヶ里や三内丸山のように、遠い未来に遺跡として発見発掘されるのだろうか。その時間の隔たりは、浄化に近い優しさを持っているように思えるけれど、今そこに暮らしがある村から、人の気配が次第に消えて行くと思うと、言葉とは別の感覚がこみ上げて来る気がする。
農で生産される食物は、本来、土地がなければこの世にあり得ない。例えば、野菜や米。現在の流通形態からは、北海道のジャガイモやタマネギが九州で売られていたっておかしくない、と感じる。むしろ、産地には、気持ちは向いても、リアリティがない。
ある土地で育てられた野菜を、その土地や近隣の土地で消費する事が良い事とされている。いわゆる、地産地消。医食同源とか、その他にも色々とあるけれど、健康と社会の在り様を含めたメッセージとして聞き及んでいる。でも、この言葉を通してイメージしても、やはり詰まる所、リアリティがない。良い事、と漠然と思えても、地に足着いてそれを受け止める事が出来るだろうか。僕には危うい。それよりも、ふと気づいたことがある。その土地の野菜や米を食べるということは、少なからず、その土地を食べる事になるのではないか。ということだ。その土地を、その土地で育てられた野菜や米を通じて食べる。その土地は、自分の血となり、肉となり、知恵となる。自分を形作るものを、その土地から得る。こう考えると、土地を食べるためのリアリティは大切な事ではないかと思い至る。だから地産地消につながる。土地が、風土が感じられる、生産者の顔が見える、そういう距離感において農産物を食することによって、土地を食べることに通じる。だから地産地消だ。どこまでの距離が許されるのか。そういう基準化は愚問だろう。小学校卒業まで育った土地で育った野菜を、時折段ボールに詰めて送ってもらって食べる。それでもいいんじゃないか。土地を食べる。土地との関係性の認識を回復させることが、まず求められている気がする。
途中で終えることには、とっても勇気が要ります。逆に、コツコツと続けて連続したものにするのも、結構大変だったりします。生きていることが、そもそも連続的なので、生きていさえすれば、コツコツしているわけです。これは、実はスゴい事だったりします。お腹が空いて泣く赤ん坊を見ていると、そう思います。
ところで、最近のメディアでの”いじめ”の取り上げ方には、”?”と感じることがあります。ニュースと言えば、僕の生活リズムでは、朝と夜のテレビを見たり、新聞の記事を読んだり、お昼に入った食堂でテレビやラジオから聞こえて来たりする程度です。テレビでは時間に、新聞では紙面(面積)に、それぞれ制約があって、それぞれの編集を経て僕たちに届けられます。この制約条件のおかげで、僕たちの受け止め方に、ある”型”が無意識に与えられてしまっている気がします。いつも、どんな”事件”も”問題”も、”犯人”探しばかりしている、そんな気がします。限られた時間と面積で、事実を伝えるという軸足をとりながら、明言を避ける振りをして、ある”空気”を醸している、そういう水面下の意思を感じます。否、その意思は無意識だったりするのかもしれません。そんな水戸黄門的なオチで何となく片付けられてしまうより、僕たちが知りたい事は、その構造だったりするわけで、限られた時間と面積を使ったメディアも、そこに切り込んでみせてほしいんですけれども・・・。僕たちも、”農”に対して、そのテーマの構造を探るために、もっと切り込んでいかないといけないのかもしれませんね。
日本人は苦手ではないか。養老さんは、こう書いている(養老孟司のデジタル昆虫記 - nikkei BPnet)。この手の話は、他でもよくある。ここで”変える”対象を「社会」と養老さんは書いているけれど、「環境」と置き換えても同じ話ができるんじゃないだろうか。田舎の会合で、自らのムラの将来を語ろうとしても、少子高齢化だからとか、今の若い人には・・・とか、年寄りの言うことだから・・・とか。何かと”できない”理由をあれこれ見つけてボヤイてばかりいる人が多いような気がするのだけれども、僕だけだろうか? そんな話したってしょうがない。どうするか、できないんじゃなくて、どんなムラにしたくて、そのためには何をしようか。そういう議論をしたいもんだ。
茂木さんのブログには、いつも勇気をもらっている。この記事も面白い。茂木健一郎 クオリア日記: 奇跡のリンゴ
日頃から、生物多様性が支持される根拠とでも言うか、何せ自分自身への説得力を求めて、何となくアンテナを張っていたのだけれど、こういう端的な例と言葉による説明があると、足下のフワフワが少し固まって立ち易くなってきた気がする。
JRの駅から阪急バスに乗って帰る。一つ手前のバス停で、優待券を見せて、ステップを降りて行くおじいさんの手に、スーパーのビニール袋に入った柿が見えた。ふと「柿って、買うものだったんだ。」と思って、妙な感じがした。ここは街中の住宅地で、柿はスーパーで買うもの、というのはごく当たり前のことだ。でも、車に乗って少し走れば、農村があって、そこでは誰も穫らずに鳥にさえ飽きられたかのような熟れた実が鈴生りの柿の木が1本に限らず目に止まる。そんな風景と、バスから降りて行くおじいさんの手にした柿の実との距離が、その感じの根っこにはある気がした。
「これだけは無くなっちゃ困る! という食べ物は何?」という質問をされたら、何と答えるか? 今日、お昼頃、ふとそんなことが頭に浮かんだ。帰ってから、うちの奥さんにこの質問を投げてみた。帰って来た答えは・・・、
「梅干し、豚肉。特に、梅干しは他に代替品がないから。」
思わず聞き返してしまった。「うめぼし〜?」自分にとっては何だろう? 茄子かなあ。魚も捨て難い。うーん・・・。
ところで、うちの子も離乳食が始まっている。野菜も食べ始めた。味付けはなく、素材の味だけだから、素っ気ないと思いきや、結構うまい。本人は、カボチャやサツマイモなんかがお気に入りだけれど、にんじんとかお粥も好きと言っている(と思う)。最近は、匙で与える前に「あ〜ん」と言うと、口をあんぐりと開けて待ち構える。
食べるということは、生きる事だと、つくづく思う。
昔、エコアップ研究会の勉強会で、吉野川可動堰(徳島県)の問題を素材にした講義があった。その時の資料に「地域は誰のものか」と言う一文を記憶している。講義の内容は、はっきりとは覚えていないけれど、地域の取組み主体は、将来への責任と言う点で、地域住民以外にはない、というようなことだった気がする。
今、上津橋プロジェクトに関わりつつあるボクたちは、同じ質問を投げかけられて良い。しかし、答えは違うのではないか。すばらしくも(地域の人たちにとっては)当たり前の環境を評価するのは、地域の人たちだけとは限らない。評価に曝されるということは、地続きである以上、仕方がないことだし、今程、メディアや交通手段によって一様化し都市化している時代に、放っとけと言われて放っておかれる地域が残っている程、日本は狭くはない。まして、良い環境であるなら尚更だ。それだけではない。すばらしくも当たり前の環境を、評価する視座を持たないが故に自ら評価できない地域であるなら、もし改悪されると知っても、部外者とされるボクたちは、ただ指をくわえて見過ごしているしかないというのだろうか。
里づくりを自ら協議する場面で、様々な集落の人たちと議論したことがある。その経験を通じて、他者の目は必要だという確信を持っている。他者と言うのは、集落以外の人でも良いし、集落の人であっても、外から移って来た人、例えば、婿養子で来た人とか、お嫁入りしてきたお母さんでもいい。また、一度集落を離れて暮らし、また戻って来たというのでも構わない。とにかく、集落を外から見る目、客観視できる視点を持ち合わせているかということが大事だと思う。
地域は誰のモノか、という問いに戻るなら、評価に他者の目が必要でも、そこから先、つまり評価して、次に何かを計画として練り上げて取組む段階で、断然地域の人たちの肩にググッと荷が乗って来るように思える。しかし、そうだろうか。それすらオープンにできるのではないか? 都市農村交流等と言う言葉があるけれども、これは農村による都市のおもてなしを指しているわけではない。
地域に閉じた取組みにしない、と腹をくくって考えてみたら、どうなるだろう? 各地に少しずつ兆しがあるようだけれど。(つづく)
外来種問題で悪者扱いにされる生物がいますが、ザリガニも何かとそういう扱いを受けます。ここでその供養をしたいとか、やつらの肩を持つというわけではないのですが、ちょっと気になることがあるんです。時々、生物調査まがいの事をやっていて見つかったザリガニを、道端へ放り投げたり、ひどい場合は、その場で足で踏みつけたりしている光景を見かけます。これって、いいんでしょうか? 生物を”セイブツ”でなく、”イキモノ”と呼称して扱う以上、在来種とか外来種という問題は、ちょっと分けて考えた方が良いと思うんです。特に、子供達に何かを伝える場面で、在来と外来、益と害というような単純な図式で振り分けて、こちらは大切に扱って、別のこちらは直ぐに踏みつぶしても構わない、というのは、考えてみると説明がつきにくいことだと思う訳です。私たちですら、生物多様性についてきちんと説明しかねる側面もあるわけで、命あるものの扱いということなら尚更ではないでしょうか。在来種を守るためだと言って、ザリガニは目の前で踏みつぶされる様を、子供達はどんな目で見つめているのかと思うと、これは気をつけなければならないと思うんです。
ある地域の川祭りの時。子供達が群がっていた場所には、バケツに入ったザリガニたちがいました。子供達はそれをつまみ出しては、眺め、弄って、観察していました。ザリガニは、彼らにとって”自然”だったんだと思います。私たちは、自然と共生した暮らしを目指している筈です。それなら、命の大切さの自覚を基本に、外来種の件など、問題の”本質”を見据えていく姿勢を育むべきだと思う訳です。