美しい都市・醜い都市
五十嵐太郎著 中公新書
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五十嵐太郎著 中公新書
福岡賢正著 南方新社
藤本文弘著 農文協
日高敏隆著 昭和堂
Microsoft Officeを使っている人は多いと思います。中でも、WordとExcelは定番中の定番。仕事でファイルをやり取りすることは日常茶飯事でしょう。ちょっと困るのが、この定番を持っていない人とのやりとり。持っている人は当然ということで躊躇なくスルリと送ったりしますが、持っていない人には当たり前じゃないから、さあ大変。最近は、事務書類ではPDFが利用されるようになって、利用者のPCの環境に左右されずに同じ書類を閲覧することができるようになりましたが、PDFだと普通は閲覧だけしかできません。複数の人が更に手を加える場合や、案を送って、受け取った人が完成させる作業なんかは、全員が同じソフトを持っていることが条件になりますね。でも、このOfficeもタダじゃないのがミソ。仕事なんだからそれくらい買っとけよ、というのは持てる人の言い草です。長いものには巻かれろとか、朱に交わったら赤くなれってのに抵抗を覚える人に朗報のソフト(群)を紹介します。もちろん、MS Officeを使っている人にも、更に便利という点でオススメです。
OpenOfficeは、MS Officeと互換性のあるフリーウェアで、Officeファミリーの各ソフトに対応しています。Officeは、上記の基本2ソフト以外に、プレゼンならPowerPoint、データベースはAccessと、それぞれが必要ならお金で買うことになります。でもこのOpenOfficeは、Writer、Calc、Impress、Drawなど、ビジネスでも趣味でも、作業に必要なソフトは入っています。この他にも、データベース(Base)、数式エディタ(Math)等もあります。便利なことはもっとあって、例えばWriterでは、Word形式のファイルを開いて、保存できますし、PDFに書き出すことも簡単に出来ます。これはとても便利で、今まで仕事でも多用してきました。Calcは、Excelと通常の使い方ではほぼ完全に互換していますので、あまり違いを気にすることがありません。僕が便利だと感じたもうひとつは、プレゼンソフトのImpress。書き出しにFrashムービー形式が選択できるので、Webでそのまま配信できますし、ほとんどの人とファイルを共有できます。OpenOffceは、オープンソースの考え方で作られてきているので、使っている人のPC環境に左右されないことと、資産の共有という意識が各所に感じられます。ブラウザを持っていれば、ファイルの中身を見る事ができる。この考え方もそのひとつでしょう。
インストールには、途中ちょっとだけ注意が必要ですが、あまり難しい作業はありません。ただ、100MB近いファイルをダウンロードすることになりますので、お使いの回線がブロードバンドでない方は知り合いからCDでもらうのが妥当でしょう。下記のサイトは本家ですから、日本語サイトはコチラをどうぞ。

考古学という分野があるけれど、過去の物証を見つけて、そこから緻密に情報を積み上げ、かつての人の営みをあぶり出して行くというイメージがある。その物証の一つに、土地に刻まれたもの〜地形〜があると思う。地図や航空写真を前にすると、時間の経つのを忘れて見入ってしまうことがある。物語を読んでいる感じに近いかもしれない。地図では線や色や記号に抽象化されてしまっているので、一層想像力を動員しなければいけないけれど、航空写真はそのものが写っているのと、撮影された時(季節や一日のいつ頃か等)もわかるのでリアルだ。今、インターネットで世界中の航空写真と地図を眺めることが出来る。例えば、Google Earth, Satellite Maps Boost Armchair Archaeologyなんて記事があった。なるほど、Armchair Archaeology か。パソコンのモニター越しに、世界中を考古学の旅をするのも面白いなあ。
そういえば、今関わっている、神戸の上津橋も、上空から見ると、条里制の跡が田んぼの区画割りに残っていた。”いた”と過去形なのは、基盤整備で新しい区画に整地されるから。事業の良否を問うつもりはないことを、あらかじめ断った上で、先述したことに関連づけると、その土地に繰り広げられて来た人の営みをたどる上で、そのヒントや契機になる物証を、この土地は一つ失うことになるんだなと思った。過去をたどると、農作業の大変さが浮かび上がってくるのかもしれないけれど、経済原理で計られて意思決定されることに、ちょびっと寂しさを感じたりした。すっかり整備された後、Armchair Archaeology で古の風景へ旅立つことは難しくなるんだろうなあ。
そういえば、県の考古博物館準備室におられる方とお話をしていた時、こんなことをおっしゃったのがとても印象的だったのを思い出した。
「考古学は、過去を探るだけではなくて、過去を探って未来を考える学問なんです。」
なるほどと目から鱗だった。まさに温故知新。郷愁こそがそこに向わせる動機だろうと高をくくっていた自分を恥じたのを覚えている。
掘り下げて考えていくうちに、”コモンズ”の概念に出くわした。ところで茂木さんが、こう言っている。ここで言う、”偶有性の空間”の(地域)社会的な担保も、”コモンズ”が一翼を担っていたんじゃないだろうか、と思った。
村の中にきれいに改修された川。今度は、そこに容易に近づけないと嘆く人達。消防団ですら、護岸が切り立って深く、ポンプが使えないと危惧する。そんな話を、当の村づくりの場で聞いたことがある。改修された川は、隣接する農地や樹林との間や、時には畑に、ある時は草の茂る広場にと、姿を変える河川敷にすら厳格な境界が定められ、平面も断面も直線で構成される空間へと様変わりしてしまっていた。この厳格さと直線というのが、偶有性の対極にあるんだろうなあ。
今年9月頃から関わっている、上津橋。ここも厳格な境界を引いて、直線で構成された水路や田んぼが広がろうとしているけれど、”環境配慮”の名の下に、三角地やワンド、魚槽ブロック、水路底面の残存、側壁のブラスター仕上げ?など等、生物の生息環境という視点から、”偶有性”を部分的に温存することになっている。功を奏するか、見守りたい。