日本人は苦手ではないか。養老さんは、こう書いている(養老孟司のデジタル昆虫記 - nikkei BPnet)。この手の話は、他でもよくある。ここで”変える”対象を「社会」と養老さんは書いているけれど、「環境」と置き換えても同じ話ができるんじゃないだろうか。田舎の会合で、自らのムラの将来を語ろうとしても、少子高齢化だからとか、今の若い人には・・・とか、年寄りの言うことだから・・・とか。何かと”できない”理由をあれこれ見つけてボヤイてばかりいる人が多いような気がするのだけれども、僕だけだろうか? そんな話したってしょうがない。どうするか、できないんじゃなくて、どんなムラにしたくて、そのためには何をしようか。そういう議論をしたいもんだ。