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連続したものを

 途中で終えることには、とっても勇気が要ります。逆に、コツコツと続けて連続したものにするのも、結構大変だったりします。生きていることが、そもそも連続的なので、生きていさえすれば、コツコツしているわけです。これは、実はスゴい事だったりします。お腹が空いて泣く赤ん坊を見ていると、そう思います。
 ところで、最近のメディアでの”いじめ”の取り上げ方には、”?”と感じることがあります。ニュースと言えば、僕の生活リズムでは、朝と夜のテレビを見たり、新聞の記事を読んだり、お昼に入った食堂でテレビやラジオから聞こえて来たりする程度です。テレビでは時間に、新聞では紙面(面積)に、それぞれ制約があって、それぞれの編集を経て僕たちに届けられます。この制約条件のおかげで、僕たちの受け止め方に、ある”型”が無意識に与えられてしまっている気がします。いつも、どんな”事件”も”問題”も、”犯人”探しばかりしている、そんな気がします。限られた時間と面積で、事実を伝えるという軸足をとりながら、明言を避ける振りをして、ある”空気”を醸している、そういう水面下の意思を感じます。否、その意思は無意識だったりするのかもしれません。そんな水戸黄門的なオチで何となく片付けられてしまうより、僕たちが知りたい事は、その構造だったりするわけで、限られた時間と面積を使ったメディアも、そこに切り込んでみせてほしいんですけれども・・・。僕たちも、”農”に対して、そのテーマの構造を探るために、もっと切り込んでいかないといけないのかもしれませんね。


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2006年11月19日 02:23に投稿されたエントリーのページです。

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